「父さん、餅幾つ?」

雑煮が美味しそうに湯気を立てている鍋の前で、快斗はおたまを持って振り返った。上品な漆塗りの椀を差し出して、盗一は感心したような顔をする。

「今年は快斗が作ったのか」
「何言ってんの。ここ数年ずっと俺が作ってただろ?」

椀を渡して自由になった手で作られた形は2。
相変わらず、大きくて薄い手のひらと、細く長い指が絶妙なバランスの、マジシャンの手。綺麗だ。快斗はこの盗一の手がとても好きだった。
餅と具を入れて盗一に渡し、自分の分を注ぐ。食欲をそそる匂いがして、快斗の腹が僅かに鳴いた。

「明けましておめでとう」

快斗が席についてから、姿勢を正してお互いに新年の挨拶を交わす。毎年の光景だ。
快斗は猪口に注いだ日本酒を飲み干してから、待ちかねた雑煮に手をつけた。熱い汁をすすり、餅に噛みつく。
味がしない。



「快斗も大きくなったな」
「さっきから何変な事言ってんだよ?」

今までずっと一緒に暮らしてきたのに、まるで何年も会っていなかったかのような口ぶりだなと思う。
その時、快斗は脳裏に一瞬過ぎった違和感を捕まえる事が出来なかった。だから盗一がただ静かに微笑むだけで何も言わない事を不思議に思った。
雑煮をかきこむ。
やはり味がない。



いつの間にか食べ終わっていた盗一が、ジッと快斗を見つめていた。浮かべた微笑みと同じく、その眼差しは優しい。
気恥ずかしくなって、快斗は箸を置いた。

「快斗」

聞き慣れた、低く穏やかな声。柔らかな響きを持ったそれが、快斗の耳から入り込み、身体中を廻る。隅々まで行き渡り終えると、今度は全身から沸き上がるものがあった。

「今、幸せかい?」
「・・・うん」

今までは結構辛かった様な気がするのだが、今はただ幸せだと思った。盗一がいるからだ。
(あれ、でもそれなら今までだって同じだよな?)
首を傾げる快斗に盗一は手を伸ばした。ふわふわの髪を梳くように撫でる。羽が触れているような柔らかな感触に、快斗は気持ち良さそうに目を細めた。
体の奥から沸き上がる気持ちは歓喜だ。例えようもないほどの大きな感情が、快斗の体の中で渦巻いている。
大好きな手の平で頭を撫でられる。余りに嬉しくて、快斗は目を閉じてふふ、と笑みを溢した。



遠くで僅かに聞こえる声が、快斗はやけに気になった。耳を澄ませば、それは誰かの泣き声だと気付く。

「父さん、誰か泣いてる」

ぽつりと呟くと、額にそっとキスされ、盗一の少し困った様な声がした。

「泣くな」







目を開けると、辺りは薄暗く、カーテンの向こうに見える外の景色も、僅かに影が浮かび上がる程度だった。
美味しそうな雑煮の匂いが漂っている。階下で動く僅かな気配があるから、きっと母が起きて作ってくれたのだろう。
しまったな、俺の仕事なのに。
慌てて起き上がろうとして、失敗した。
やけに息が上がっている。肺が痛くて、上手く呼吸が出来ない。喉も痛いし、頭も痛い。目の奥が熱い。
快斗は両腕で顔を覆った。

泣いていたのは、俺か。

頭を撫でる優しい手のひらの感触を、慰めるように額に落とされた唇の感触を、思い出す。
何て幸せな悪夢だったのだろう。
覆った腕の隙間から、殺し損ねた嗚咽が漏れて、凍てつく空気に混ざって消えた。




written by Aska

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